深海の奇跡 アビスライフ

テヅルモヅル:複雑に分岐する腕が解き明かす深海濾過摂食戦略

Tags: テヅルモヅル, 棘皮動物, 懸濁物摂食, 深海適応, 形態学, 発光, Euryalida

深海という極限環境は、多様な生命が独自の進化を遂げた神秘に満ちた世界です。光がほとんど届かず、高い水圧、低水温、そして食物が乏しい環境において、生物たちは驚異的な適応戦略を獲得しています。今回ご紹介するのは、その中でも特に目を引く奇妙な姿を持つ生物群、棘皮動物門蛇尾綱に属するテヅルモヅル目(Euryalida)の生物たちです。通称「バスケットスター」とも呼ばれる彼らの、複雑に枝分かれした腕に秘められた深海での生存戦略を探ります。

テヅルモヅル目(Euryalida)の分類と特徴

テヅルモヅル目は、ヒトデやウニ、ナマコなどと同じ棘皮動物門に属するグループです。特に近縁なのはクモヒトデを含む蛇尾綱(Ophiuroidea)であり、テヅルモヅル目はこの蛇尾綱の中に含まれます。この目に属する生物の最大の、そして最も特徴的な形態は、中央盤から伸びる腕が基部から繰り返し二叉分岐し、まるで複雑な網やカゴのように広がる点にあります。成体になると、一本の腕が数万本もの細い枝先に分かれることもあります。

代表的な属には、Gorgonocephalus(オキノテヅルモヅル属)やAstrophytonなどがあり、世界中の海洋の、特に深海に広く分布しています。その生息深度は数百メートルから数千メートルに及ぶ種も少なくありません。

驚異的な摂餌戦略:網を張るように

テヅルモヅルの最も注目すべき適応戦略は、この複雑に枝分かれした腕を用いた摂餌方法にあります。彼らは通常、深海底の岩や突出物、あるいは他の底生生物(例えば海綿やサンゴ)に中央盤を固定し、水流の方向に向かって腕全体を大きく広げます。この広げられた腕は、まるで巨大な漁網やバスケットのように機能します。

水中の懸濁物、すなわちデトリタスや小型のプランクトンなどが水流に乗って網状の腕に触れると、腕の表面を覆う多数の骨板(微細な棘や突起)や粘液によって捕捉されます。捕捉された餌は、腕の枝先から中央盤へと運ばれ、口から摂取されます。この方法は「懸濁物摂食(Suspension Feeding)」または「濾過摂食(Filter Feeding)」と呼ばれます。

深海においては、表層のように豊富な植物プランクトン由来の食物連鎖は成り立ちにくく、海底に沈降してくる有機物(マリンスノー)や、鉛直日周移動を行う生物が重要な食料源となります。テヅルモヅルの網状の腕は、広範囲から効率的に浮遊物を捕捉することを可能にし、食物が乏しい深海環境において非常に有利な摂餌戦略と言えます。多くの種が夜間に腕を広げると報告されており、これは夜間に中深層から表層へ移動するプランクトンなどが、夜明け前に深層へ戻る際に効率よく捕捉するためである可能性が示唆されています。

深海環境へのその他の適応

テヅルモヅルは、摂餌戦略以外にも深海環境への適応を示しています。

研究の現状と今後の展望

テヅルモヅルは、その奇妙な形態から古くから知られていましたが、深海に生息する種が多いことから、その詳細な生態や生理機能に関する研究は限定的でした。しかし、近年の潜水艇や遠隔操作無人探査機(ROV)を用いた深海調査、そして分子生物学的な解析手法の発展により、彼らの多様性、分布、繁殖様式、そして生理的な適応メカニズムに関する知見が深まりつつあります。

特に、複雑な腕の微細構造がどのように摂餌効率に寄与しているのか、発光の化学的メカニズムと生態学的意義、高水圧下での生理機能の維持機構などは、今後の重要な研究課題と言えます。また、地球環境の変化が深海生態系に与える影響を評価する上でも、テヅルモヅルのような特徴的な生物群の長期的なモニタリングは重要です。

結論

テヅルモヅルは、その驚くほど複雑に枝分かれした腕という独特な形態を進化させることで、食物が乏しい深海という厳しい環境において効率的な濾過摂食という生存戦略を確立しました。発光能力なども含め、彼らの生命活動は、光なき世界の進化の多様性と巧妙さを示唆しています。今後も深海探査と研究が進むことで、テヅルモヅルに秘められたさらなる「奇跡」が解き明かされることが期待されます。